いつまでも世界は..2018 京都の街を使ったライブサーキット!

『いつまでも世界は...』第三回開催、主催者・西島衛インタビュー(前編)



(取材は西院にある「おばんざいダイニング・こころ」にて。本祭に出演が決まっている片山ブレイカーズ&ザ☆ロケンロ—パーティーのSATOさん(key)が美味しいご飯を作ってくれました!)

私は2年前に京都に越してきて、『いつまでも世界は…』のことを知ったのは去年のtwitterのタイムライン上でした。
クラブが好きな友達が、今日はタダで遊べる!と意気込んでいたのをよく覚えています。
広報を担当している私ですが…実は『いつまでも世界は…』に行ったことがないのです。
こんな私にもわかるように、いつせかのことを教えてもらいたく、今回インタビューを敢行してきました。
いつせかが始まったきかっけ、主催者・西島が考える今の京都とこれから、そしてもちろん第三回のことも!
 
 
あなたもこの記事をきっかけに、『いつせか』のこと少し知ってみませんか?
 
 
(インタビュー・文:岡安いつ美)




 
みんなが仲良くなれば、と思って
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岡安:まず、いつせかはどんなきっかけで始まったのでしょうか?
 
西島:最初はゆーきゃんと、京都MUSEの店長である行貞さんに「ライブサーキットをやりたいんですけど、手伝ってもらえませんか」って言ったんだよね。
なんでやりたいか、って言われたら…とりあえずなんか目立つことやらなきゃなあくらいで。
 
岡安:それがライブサーキットだったのはなぜですか?
 
西島:僕が30になった時くらいに、バンド活動を続けていくうえでメジャーデビューとかさ、階段すっ飛ばしてだーん!みたいなそういう方法はもうないなぁと思ったんだ。
それなら自分でやる場所作らんとって。そこからおっきいイベント始めたら人も呼べるし、それで有名になったらいいなくらいのつもりだった。その時僕はライブハウスしか頭になくて、ライブハウスよりおっきいとこ知らないしなあ…じゃあそこでやってみたらいいんじゃないのかなってなってサーキットフェスを始めたんだ。
 
あとはみんな仲良くなったらいいなと思って(笑)。
 
岡安:「仲良くなる」…。それはライブハウスごとに出来上がっているコミュニティ同士が、ということですか?
 
西島:あれはあれで大切だと思うんだ。そこに見合ったキャパシティの動員のバンドが出て、いいなあと思いあえるメンツが集まってきて。お客さんたちもいいなぁと思って一緒にやっていたら好きになってくれることもあるわけじゃないか。でも30歳くらいになって、分かるんだよ。そのコミュニティの中でやってたら楽なんだ。どんどん居場所ができてくるから。
楽なんだけど、それこそ本当に広がりのないものになりかねない、と僕は思って。
 
仲良くなればいいっていう話はライブハウス同士のコミュニティ以外に“ライブハウスとクラブ”っていうのもあって。なかなか混ざらないねぇみたいな話をしていたんだ。
それで最初に京都MUSEとMETROに話をしたのがはじまりだね。
 
岡安:METROも会場候補だったとは…。
 
西島:じゃあMETROはなんで今入ってないのかってとこで。
ボロフェスタがちゃんとやっていることだけれども昼はライブハウスでやって、夜クラブでやれたらいいなぁと思って話を進めていたら、風営法でMETROが深夜1時までしか営業ができなくなってしまって。「ごめんなぁ」って※1ジャックさんに言われて。…そのままなんかなくなっちゃっただけなんだけど。
 
岡安:今、クラブを絡めようって動きはないんですか?
 
西島:入れたいんだけどね…。
これは正直やってみての話なんだけど、夜もやる元気がない(笑)。
 
岡安:(笑)。
 
西島:HPにLet's DANCEのリンクも貼ってあるし、今年からWOW WAR TONIGHTSのシン君をスタッフに入れたのも、DJの人たちと一緒にやっていこうっていうのが始まりだったんだ。本当はやりたいんだけどね。
まずはライブハウスに遊びに来ている人や終電で帰る人たちにシン君のDJとかWOW WAR TONIGHTSとか、METROのイベントとか、クラブでやってるような打ち込みのユニットとかを呼んで、「いいでしょ?」って見せるのが先かなと思って。
 
岡安:クラブ好きな友達が去年「いつせかで遊んでくる!」って言ってた時にどんなイベントなの!?と思ったのをよく覚えています。バンドだけじゃない、ごった煮イベントなんだって。
そんな軽く過去2回についても振り返りたいのですが、会場はどのように決めたのですか?
 
西島:第一回はMUSEと磔磔とWeller’s Club、kitchen bar eight、Cham、さらさ花遊小路。全6会場。ライブハウスは2か所…ようやったねぇ(笑)。
近くでやらせてくれそうなところないかなぁって(笑)、そんなんで決めた。
 
岡安:Chamやさらさは何度が行ったことがあるのですが、クラブやバーには馴染みがなくてWeller’s Clubとkitchen bar eightには行ったことがないんです。
それぞれどんな場所か、教えてもらえないでしょうか?
 
西島:Weller’s Clubはね…いいところだよ。
店名の由来はポール・ウェラーのウェラーから来ていて。一応ポール・ウェラー本人が公認、っていうお店。
元々はモッズの人たちがたくさん集まるバーだったんだ。ふらっと立ち寄れるような、お酒を飲みながら楽しめる幅広いDJのパーティーを毎月定期で開催していて『いつまでも世界は…』を開催する5月の第二、三週の日曜も、普段は『日曜音楽酒場』っていう日本語の歌もののレコードをかけるイベントがあるんだけど、毎年5月だけは移動してもらっているんだ。
 
僕と※2タカダスマイルさんも…もう5年くらいになるかな?毎月第四金曜日、チャージフリーでただ好きなレコードをかけるイベントをやっているんだ。そういったレコードをかけるDJの人たちが集まってくる文化がウェラーズクラブにはあるんだよ。だからこういうことをやろうとしていることに、ものすごく理解があって。オーナーのヤマモトさんもまぁいい年だから、「そんな若者がやるっていってるならやるでしょ」って二つ返事でオッケーをくれたんだ。
 
岡安:kitchen bar eightはどうして会場になったのですか?
 
eightは僕の京都のバンドの友達でMOTORSっていう毎年出てくれているスカバンドがいて。あいつらの行きつけだったってだけで紹介をしてもらったのがきっかけだったんだ。
eightって『電気ブラン』って看板をバーンて掲げて、京都で唯一電気ブランが飲めるお店っていうので有名なんだよね。森見登美彦の京都案内みたいなやつにも載ってるわ。
そういうお店なんだけど店内BGMはずーっとスカなんだよ。(笑)音楽好きな夫婦が経営していて、頼んだら「いいよいいよ〜!」って軽く決まった(笑)。
 
だから意外とこういうことやりたいって言って協力してくれるところはたくさんあるんだけど、あんま誰も言わないってだけで。
 
岡安:新京極商店街は2回目から会場になっていたのですが、スタート時にはあんまり関係なかったのですか?
 
西島:さらさとエイトが新京極の中にあって、商店街の中をお客さんがたくさん行き来するから、一度遊びに来てくださいって新京極商店街の会長さんに招待のチケット渡して。
会長さんはかなり理解のある方でさ、自分で弾き語りのイベントや、※3『新京極映画祭』っていうのをやっていて。それで一回目を見に来てくれて、楽しかったって言ってもらえたから2年目は華舞台使わせてもらえませんかね…?って交渉したら「是非やりましょう!」って言ってもらえたんだ。
 
岡安:今年はVOX Hall、木屋町DEWEY、Cafe Independantsが追加になりましたが、もっと会場を増やして規模を拡大したりはしないのですか?
 
西島:手が回らない(笑)、それが一番かな。
1年目は6会場、1/3がライブハウスで。ライブハウスはライブハウスの人が当日の運営はしてくれるから。お客さんの導線を確保したり、チケットのもぎりとか、ドリンクを作ったりとか、全部やってくれるからいいんだけど、飲食店はそうはいかない。会場を一つ増やすごとに最低でも5人はスタッフが必要になる。だから現状はちょっと難しいんだよね。正直当日までボランティアを含めたスタッフが何人になるかわからないからね。
 
岡安:1年目はスタッフは何人だったのですか?
 
西島:10人いなかったね。僕らシックスブリッツのメンバーをいれても12〜13人くらいだったよ。ボランティアスタッフも5人くらいだったかな。
2年目はボランティアスタッフだけで10人くらい。
 
岡安:ボロフェスタがものすごくボランティアスタッフがいるので、いつせかもそれくらい実は控えているのかと思っていました…
 
西島:そんなにいません(笑)。助けてください!(笑)。

 
自分のことだけをやっている暇はない
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岡安:過去2回を振り返って…正直どうでしたか?
 
西島:1回目のことは何も覚えてないよ(笑)一生懸命だった。ただやってよかった、っていうものでしかないかな。
 
岡安:それは目的が果たせて?
 
西島:いや、目的が果たせたのではなくて目的がはっきりした。
 
最初は自分たちのバンドがそれに便乗して盛り上がりゃあって思ってたけどなんかやらなきゃいけないことがあるなと思ったんだ。
これが他の人たちとは違ってちょっとだけ特殊なのかもしれないけど、自分のことだけやってるひまではないなと思って。一番大きかったのは風営法だったけど。
 
自分のお客さん増やすためにやるのもすごく大切。けどそうやってる間にどこかのクラブが潰れたりするかもしれない。
Let's Dance署名委員会も頑張っている人がいるからあれくらいのことができていると思うんだ。それでも一年経っても法律は変わらない。
正直手伝える範囲で手伝う、ってことは人任せなこと。そういう人たちばっかりで、本気でそれに取り組む人がいないと状況は絶対に変わらないから。
 
音楽でも若い子たちがどんどん出てきているじゃないか。そんな新しい音楽が出てきたとき、それを聴いてもらえる状況にしておかないと僕らは今まで何をやってきたんだって話になると思う。未だにバカみたいにノルマ払わされてやってる若い子たちもいるわけじゃないか。頑張って人呼ぼうよ!っていうのはいいと思うけど。「ただそれを勉強だ、ノルマは必要なものなんだ」というのなら、「そんなもんなんだろう、日本の音楽は」ってなるし。
 
音楽は音楽自体に価値のあるものであるはず。演奏してそれがいいものだったら、まず何かの対価をもらわなきゃいけない行為なはずなんだよ。それを金を払ってやる状況はおかしいと思う。じゃーそんなことを考え始めて、誰が解決する為に何かやるんだよってなったら、それを考えている自分しかいなくなるじゃない。
自分の音楽のことも考えているけれども、まずやらなきゃいけないことがあるなって一回目をやってすごく思ったから。本当にやってよかったと思っているよ。
 

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インタビューの後半は後日アップ予定です。お楽しみに!

 
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【注釈】
※1 METROのスタッフでもあり、FLUIDのギターボーカル。
※2 いつまでも世界は...のスタッフでもある、SSW。
※3 2013年より「京まちなか映画祭」に名前を変更。

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